心とカラダの健康メソッド

心身の健康、毎日楽しい日々を過ごすために食生活や元気になる言葉、人間科学・医学要素も取り入れた記事を載せていきます。

何故日本には宗教が受け入れられないのか

日本人にとって「宗教」とは何なのでしょうか。ある人から「ミュージシャンって変な宗教にハマる人多いよね。心が病んでる人が多いのかな」という言葉が飛び出てきたことがありましたが、「心が病むから宗教に入る」のでしょうか…?

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「宗教にハマる」という言葉は「宗教=悪」という認識から生まれる

「あの人は宗教にハマっている」結構耳にする言葉です。しかし、これは「あの人はゴルフにハマっている」と言った事実性だけの言葉だけではなく、宗教=悪であり、「あの人は悪いものに手を出している」という意味合いが含まれていることが大半です。

確かに悪どい宗教は存在してきました。お金を巻くし取られた人達もいますし、殺人を犯した宗教もあります。

しかし、それら一部のものを通して宗教=悪と決めつけてしまうのは日本人の直すべき悪感情ではないでしょうか。

日本では何故宗教=悪なのか

日本の宗教に対する悪いイメージとして、「色々なものを買わされる」「弱みに付け込んだマインドコントロール」「多くの人が建物の中に入って、何をしているか分からない」「宗教対立からの戦争」といったことが浮かぶと思います。

宗教に属している人にとっては良いことがたくさんあると思いますが、そうでない人には悪イメージの方が強いはずです。

マスコミは芸能人が宗教に属していることに対して悪印象の報道ばかりしますし、他者が自分をどう思うかということを気にする日本人にとっては宗教嫌いを助長するしかないなと感じます。

 宗教は嫌うが宗教儀式は好む日本人

日本人って宗教は嫌う人が多いけれど、多くの宗教儀式や文化に触れています(嫌、利用していると言った方が正しいかもしれません)

  • 初詣には神社にお参り。神様と思っているのかいないのか、とりあえず願いを叶えてくれそうな存在に手を合わせてお願いごと。
  • お受験、安産、交通安全にはお守りが必須。
  • 葬儀にはお坊さんに来てもらい、意味も分からず各種の法要を依頼(無言の強制?)
  • 結婚式は煌びやかなドレスを身に纏い、チャペルで式を挙げる。
  • キリスト教徒でもないのにクリスマスは1年で1、2を争う大行事。知ってますか?クリスマスはキリストに礼拝するという意味です。
  • 十字架の意味も分からずクロスのネックレス

仏教だけでなく、キリスト教にも日本人は触れています。心配な時には神頼み、おしゃれやお祝いごとにも宗教が使われます。

こういった日本人の習性を欧米の人々はとても不思議がります。

文化を知る、触れるとかそういう意味合いではなく、商業的だったり、個人欲、現世の成功のために宗教が使われています。

仏教や神道の風習だけ根付いているのは何故か

日本に仏教、神道の風習、習慣が広まっているのは昔の名残りと言えます。

日本に仏教が伝来したのは飛鳥時代。神道の起源については縄文時代とも言われています。

現在減ってきてはいるものの、寺の数は7万以上、神社は8万以上あるんです。昔はもっと多かった訳です。

現代人に身近で最も多い建物と言えばコンビニが思いつきますが、その数は5万ほど。これと比べると、仏教と神道が日本に与えた影響力がどれほど大きかったのかを伺い知ることができます。

では、何故時代の流れと共に、日本では宗教が廃れていってしまったのでしょうか?

それには二つの要因があると思います。「現世主義」「宗教の信憑性と必要性」です。

現世主義日本

「絵馬」に書いたことって覚えていますか?「大学受かりますように」「病気治りますように」「無事に出産出来ますように」こういった現世での幸福を願うことを書く人が大半かと思います。「常世(死後の世界)で良い暮らしが出来ますように」なんてお願いはほとんど無いと思います。

それは神道自体が現世主義的だからではありますが、そもそも神道には開祖がおらず、自然と日本に住む人々が神という存在を認めてきたことによって作られてきました。

現世しか分からない人間が作るのだから、現世に即した宗教になるのも納得がいきますよね。

日本人における宗教の信憑性と必要性

科学や医学が発達していなかった時代、災害や病気などは神の祟りとして恐れられてきました。しかし、自然災害や種々の病気には因果があることが分かっていますし、死後の世界が本当にあるのか?と言った疑問が宗教への信憑性の低さをもたらしています。

輪廻体験や死後の世界を見てきたという例はありますが、その発言自体への信憑性も疑われますし、世界の宗教対立は多くの死者を出してきた経緯もあります。

科学や医学にも反し、人々の対立をも起こす宗教…。それなら、信じることが出来るのは自分しかいない。そんな思いが日本人にはあるのではないでしょうか。

日本人に仏教の法事・法要は必要か

信仰がない以上、はっきり言って法事や法要は必要ありません。

これって結局は死後の世界への恐れからの弱みに付け込まれたマインドコントロール(世の人々の言葉で言うと)か何も考えずに流されるままに大金を差し出しているのと同じです。

死が近づくと、やはり人間は死後を考えやすくなるのでしょう。実際、信仰を持つ方にお年寄りは多いです。

しかし、宗教に対して何も考えずに流されるまま大金を差し出すのはどうかと思います。家族の死の責任をもしかしたら自分が負わないといけないと思うと仏教の葬儀や法事を行わないことに不安が生じるから行うのでしょうが…。

無宗教の家庭はどういった葬儀を行うべきか、遺族のためにも予め家族との宗教対話をされることをおすすめします。

まとめ

今回の記事は宗教の勧めではなく、グローバルな社会の中、これまであった日本的宗教観を捨て去り、世界の先進国として日本が恥じる事のない社会性を持てるようにと書いたものです。世界の人々は宗教について信仰についてそれぞれの意見を持っています。しかし、日本人にそういう人は少ないです。

信仰を持つ持たないに関係なく、宗教や信仰を認めるという寛容さを日本人は身に付けるべきだと思うんです。

合わせて、宗教へのハラスメント、偏見などが日本から無くなることを願うばかりです。

 

以前、こんな記事を書きました。

サードプレイスならぬ発展性のある第3コミュニティが日本人には必要だと思う - 心とカラダの健康メソッド

この中で日本人の寛容の低さに触れていますが、その裏付けとして日本人の宗教観も少し書いています。

 

日本人の特性についての記事です。

和食の盛り付けから見る日本人と欧米人の違い - 心とカラダの健康メソッド